ChalkTalk CLR – 動的コード生成技術(式木・IL等)に行ってきた

centerclr.doorkeeper.jp

直前で定員を増やしてもらえたので、参加できました。

会自体について

内容は主にILの話と式木の話で、ディスカッションというよりは講義に近い感じでした。 個人的にはディスカッション寄りの会を期待していたのですが、知識レベルにばらつきがあったのと、初めての取り組みということで仕方ないのかな、と。 次回以降で、もしディスカッション寄りの会をやりたいなら、「この本を読了しており内容についてもある程度理解していること」とかにした方がより濃い内容のディスカッションができると思います。 聴講のみの席も用意すると、「ディスカッションに参加するのは怖いけど話は聞きたい」って人も参加できますし*1

最初にKPTをして今回の方向性を決めよう、という試みは面白くはありましたが、会の最初にKも何もないので、KPTにとらわれずに「知りたいこと」「議論したいこと」みたいな分類から始めればいいんじゃないかなぁ、と思いました。 ポジションペーパーを用意してもらって、軽く自己紹介でもいい気はします。

会の内容について

IL

ILについては、ILの存在意義的な話から始まり、C#のコードがどのようなILに落ちるのかをIL Spyを使って見たり、出力されたILがどのように実行されるのかを図にして追ったりする内容でした。 「DebugでコンパイルしてもReleaseでコンパイルしても吐かれるILにさほど差は出ない」と説明があったときには、「C#で構造が大きく変わることは見たことないけど、(nopは置いといても)発行されるILはそれなりに変わるよ!」とか、「F#の場合は構造も結構がらりと変わるよ!」って突っ込みを入れようかと思いましたが自重しました。 最初のKPTでそういう会じゃないというのはわかったので、それを考えると最初のKPTはある程度効果があったと思います。

それと、最初は OpCodes を参考にすればいいでしょうが、ある程度ちゃんとやるなら Standard ECMA-335 は手元に置いておきましょう。

ILはどうやって学べばいいのか?という話の流れで、ILをどうやってデバッグすればいいのか、という話になったので、「生成するIL(が生成するdll)にデバッグ情報埋め込めるから、それすればデバッグできるよ」という話と、「IL Support extension使えばC#(やVBやF#)とILをいい感じに統合できるしデバッグもできるよ」という話をしました。 が、後者のデモ(実際にILをデバッグする例)のせいで前者がちゃんと伝わっていない気がします。こっちもデモすればよかったんですが、手持ちがF#のコード例のみだったので自重したのがいけなかったか・・・ 詳細については、メタプログラミング.NET を熟読しましょう。5.4.2です。Kindle版は安いのでおすすめです。

式木

式木については、木構造の話からはじめ、C#の式木は今や式だけじゃなくて文も扱うよ、という話などをしました。 思うに、式木の使い方っていくつかに分類されて、それぞれで目的がバラバラだからわかりにくいんじゃないでしょうか?

  • 式木を別の構造に移しかえる(最終的にはCompileしてデリゲートに落として.NET上で実行)
  • 式木を別の構造に移しかえた上で何らかの直列化をする(最終的にはSQLなどになって何らかのミドルウェア上で実行など)
  • 式木を走査して情報を取り出す(最終的には.NET上のオブジェクト)

LINQ to EntitiesなどでRDBを使う例は上記の2番目に、メタ情報を取得するために式木を使うことでコードの変更に強くなるよ、という例は上記の3番目に当たるわけです。 ここら辺をひとまとめにして「式木の使い道」で説明しちゃうと分かりにくいのかな、と思ったり。 このあたりはちょっとした図を作るといいのかなぁ・・・

Excel方眼紙について

最初に行ったKPTに、「Excel方眼紙を駆逐する」というものがありました。 それを受けて、メッセージを実行時にExcelから取ってくる仕組みを式木を使って実装した、という話があったんですが、ここは声を大にして言いたい。

それ、Excelから脱却してないじゃん!むしろExcelの活用の話じゃん!!!

はい。 まぁ、そもそも「Excel方眼紙の駆逐」が何を指しているのかあいまいだ、という問題があります。

  • Excel方眼紙なんて不要だから開発現場から全撤廃するべきだ
  • Excel方眼紙を納品しなければならないのは仕方ないけど、プログラマに使わせるのは非効率だからすべてのExcel方眼紙は別の何かから生成されるべきだ
  • Excel方眼紙を納品しなければならないのは仕方ないけど、プログラマに使わせるのは非効率だからプログラマExcel方眼紙に触れなくてもいい環境を作るべきだ
  • Excel方眼紙を使うのは仕方ないけど、それとプログラムの対応付けを手でやるのは非効率だから自動化すべきだ

ざっと思いついただけでもこんな感じで、上に行くほど駆逐の意味合いが強く、下に行くほど弱いです。 このなかで、メッセージを実行時にExcelから取ってくる仕組みは一番下であり、これより弱いものはちょっと思い浮かびません。 と言うわけで、Excel方眼紙を駆逐する、というテーマについてであれば、もっと強いものがほしいと思うのでした。

個人的な取り組みとしては、1ソース(外部DSL)から複数の成果物を出力する方法でプログラマExcel方眼紙を触る必要性をある程度軽減できないかな、ということでTableDslというものを作っています(色々あって停滞中)。 社内ツールになりますが、メッセージ一覧も同様の考え方でプログラマExcel方眼紙を触らなくていいようにしているもの(こっちは内部DSL)も作ってます。 汎用的な仕組みとしては、F# TypeProviderを使ってExcel方眼紙を扱うライブラリを作っている(いた?)のですが、これは今風に書き直したいところです。 これらは2番目の方向性ですね。

3番目の方向性としては、これまた社内ツールとして結合テストの実行を支援するツールがあります。 これは4番目の方向性と似ていますが、「対応付け」でどちらかがどちらかを強く意識する必要がなくなる点で異なります。対応付けを2段階にし、途中にツールがくることでより明確に役割が分離されます。

2, 3, 4番目の方向性で使うのは、ExcelファイルのIOができるライブラリになります。

  • NPOI
  • EPPlus
  • ClosedXml

などが候補になります。COMオートメーション?知らない子ですね。

Excel VBA

ある意味Excel方眼紙よりも面倒なのが、Excel VBAです。 1セル1文字とか無茶なことをしていない場合、Excel方眼紙をプログラム上で扱うのはそれほど面倒ではないですが、Excel VBAを駆使して作られたシステムはヤバいです。 こいつらを置き換えるためには、例えば下記のようなものが使えます。

FCellのデモ動画は強烈なので見てみるといいでしょう。

いいですか、駆逐すべきはExcel方眼紙よりもExcel VBAです。

まとめ

  • IL Support布教できてよかった
  • 動的生成されたILのデバッグのデモすればよかった
  • Excel方眼紙よりもExcel VBAを駆逐したい

*1:一応補足しておきますが、そういう形式で開催しろ、と言っているわけではない

*2:いつの間にかCodePlexからGithubに移動してた・・・

シャドーイングとイミュータブルプログラミング

シャドーイングのない言語と、イミュータブル中心のプログラミング(以下イミュータブルプログラミング)の相性って悪いのでは?と思ったのでブログに残しておきます。

シャドーイングとは

既存の変数と同名の変数を定義して、そのスコープで既存の変数にアクセスできなくする機能です。 例えば、F#ではシャドーイングができるので、

let f x =
  if x % 2 = 0 then
    (* 引数のxをシャドーイング *)
    let x = -1
    printf "%d, " x
  (* スコープが抜けたので、引数のxを表示 *)
  printfn "%d" x

f 10    (* => -1, 10 *)
f 11    (* => 11 *)

となります。

シャドーイングのない言語、例えばC#では同じことはできないので、別の名前を付けるか、再代入で回避することになります*1

public void F(int x)
{
    if (x % 2 == 0)
    {
        var otherX = -1;
        Console.Write("{0}, ", otherX);
    }
    Console.WriteLine(x);
}

シャドーイングの使い道

シャドーイングの使い道としては、例えば以下のようなものがあります。

  • ミュータブルな変数の範囲の制限
  • イミュータブルプログラミングでの状態変数の受け渡し

ミュータブルな変数の範囲の制限

F#にはミュータブルな変数があります。 ですが、一般的なF#プログラマは極力ミュータブルな変数を使いません。 どうしてもミュータブルな変数が使いたくなったとしても、ある時点以降では再代入が行われないと分かっているなら、ミュータブルな変数をシャドーイングすることで、以降で誤って再代入できないことをコンパイラに保証させることができます。

let mutable x = 10
(* xに再代入する場合があるコード *)
...

(* ここからはxに再代入しない *)
let x = x
...

イミュータブルプログラミングでの状態変数の受け渡し

イミュータブルプログラミングしていると、ある変数をクローンして一部分を書き換えた値を作り出すというコードが結構出てきます。 このような場合にシャドーイングを使えば、更新前のいらなくなった変数にアクセスできなくなるため安心してコーディングできます。

let f newKey cache =
  let cache = cache.Clone(key = newKey)
  g cache (* このcacheはシャドーイングされた方のキャッシュ *)

しかし、シャドーイングのない言語ではこれはできません。 簡単に取れる回避策としては、イミュータブルプログラミングを一部捨てて、引数に再代入するか、新しい名前を付けるかです。

public SomethingResultType F(Cache cache, Key newKey)
{
    var newCache = cache.Clone(key: newKey);
    return G(newCache);
}

これは新しい名前を付けた場合です。 しかしこの場合、

public SomethingResultType F(Cache cache, Key newKey)
{
    var newCache = cache.Clone(key: newKey);
    return G(cache);
}

のように間違えて元の変数を使ってしまえます。 というか、仕事で実際に使ってしまいました。 シャドーイングさえあればこんなミスはしませんでした*2し、同じものを表すのに別の名前を付けなければならないのはそもそも違和感があります。

もう一方の「再代入」で回避する方法は、一部とはいえイミュータブルプログラミングを捨てることになるので、他の回避策がある場合に取りたくはありません。 あまりイミュータブルとミュータブルを行ったり来たりしたくないですしね。

ということで、シャドーイングのない言語はイミュータブルプログラミングと相性が悪いのではないでしょうか?*3 シャドーイングがない言語では、イミュータブルプログラミングを全面的に採用するのはあきらめたほうがいいな、というのが現時点での考えです。

*1:ただし、そうそうないが、既存の変数と新しい変数の型が違う場合は再代入では対応できない場合もある

*2:typoしてシャドーイングしたつもりができていなかった、ということもあり得ますが・・・

*3:Stateモナド等を使って状態変数を隠すというのも考えられなくはないですが、シグネチャ壊しちゃうのでいろいろ面倒

再帰関数のスタックオーバーフローを倒す話 その3

連載目次

はじめに

再帰関数のスタックオーバーフローを倒す話 その2の続きで、最後です。 前回はCPS変換じゃスタックオーバーフローが回避できない場合もあるよという話でした。 前提知識は、F#と、スタックについてです。 これまではCPSの話を中心にしてきましたが、この記事ではCPSの知識とか不要です。

F#で再帰関数によってスタックオーバーフローが起きる場合に、それを回避する方法としてはその1で見たように、CPS変換するというのがあります。 しかし、この方法はその2で見たように完全ではありません。

そのほかの方法としては、CPSではない形で末尾再帰にする方法が考えられます。 CPSでない形で末尾再帰にすれば、tail.ILプレフィックスによる方法ではなく、ループに変換されることによる最適化が効くようになるので、スタックオーバーフローを防げます。 しかし、CPS変換はほとんど機械的に末尾再帰に書き換え可能でしたが、CPS変換を使わずに末尾再帰に書き換えるのは常人にはつらいものがあります。

どうしようもないので、最後の手段です。 コンパイラは単純な再帰しかループに変換してくれませんが、人間なら・・・人間なら再帰をループに変換できるのでは?

ということで、再帰関数のスタックオーバーフローを倒すために、再帰関数をループで書き直してしまいましょう! イミュータブル?関数型言語?なにそれおいしいの???

再帰をwhileで書き換える

では、どうやって再帰whileで書き換えればいいのでしょうか? 簡単な例から見ていきましょう。

末尾再帰関数をwhileで書き換える

末尾再帰関数は簡単にwhileに書き換え可能です。

let fact n =
  let rec fact' acc = function
  | 0 -> acc
  | n -> fact (acc * n) (n - 1)

  fact' 1 n 

アキュムレータ変数を使った階乗の計算をする関数です。 これをwhileで書き換えると例えばこうなります。

let fact n =
  let mutable n = n   (* 書き換え可能変数で引数をシャドーイング *)
  let mutable acc = 1 (* fact' 1 nに相当。accの初期値を設定 *)
  while n <> 0 do     (* ループ判定には、元の再帰関数の終了条件の否定を書く *)
    acc <- acc * n    (* fact (acc * n) (n - 1)のうち、計算の主体をaccに再代入 *)
    n <- n - 1        (* fact (acc * n) (n - 1)のうち、終了条件に関わる部分をnに再代入 *)
  acc                 (* ループを抜けた際にaccに結果が入っている *)

手順は大体以下の通りです。

  1. 終了条件判定のための変数をmutableで作る
  2. 結果格納用の変数をmutableで作り、初期値を入れておく
  3. 再帰関数の終了条件の否定をwhileのループ判定にする
    • ループを続行する条件なので、終了条件の否定になる
    • 複数の終了条件がある場合は、&&でつなぐ(一つでも再帰の終了条件を満たせば脱出 → 一つでもループの続行条件を破れば脱出)
  4. whileの中には再帰部分を書く
    1. 再帰で計算していた部分をコピーして、結果格納用の変数に結果を再代入
    2. 終了条件判定の更新をしていた部分をコピーして、終了条件判定のための変数に結果を再代入

このように無事書き換えられましたが、F#ではこのような末尾再帰関数をわざわざループに書き換える必要性はないです。 だってこの程度ならコンパイラがやってくれますからね。

呼び出しスタックが必要な再帰をwhileで書き換える

末尾再帰ではない再帰は、簡単にはループに変換できません。 なぜなら、再帰呼び出しから戻ってきた後に何らかの計算が必要なため、 どこかにそれを計算するための情報を取っておかないといけないからです。

例えば、末尾再帰ではない階乗を計算する関数を考えてみます。

let rec fact n =
  match n with
  | 0 -> 1
  | _ -> n * fact (n - 1)

この関数はn0ではないときに再帰後に計算が必要なので、末尾再帰版の手順ではwhileに書き換え不可能です。 この種の関数をwhileで書き換えるにはどうしたらいいでしょうか?*1

まずは、末尾呼び出しではない再帰関数がどのようにして実現されているかを見てみましょう。

末尾呼び出しではない再帰関数について

末尾呼び出しではない再帰関数は、呼び出し元の情報(環境)を呼び出しスタックとして保持することで、 再帰呼び出しから戻ってきた後でもその後の処理を実行できるようにしています。

let rec fact n =
  match n with
  | 0 -> 1
  | _ -> n * fact (n - 1)

この場合、fact 2を呼び出すと、まず呼び出しスタックに1つ環境が積まれます。

+----------------+
| fact { n = 2 } |
+----------------+

n0ではないのでn * fact (n - 1)のブランチが実行されます。 ここでfact再帰的に呼び出していますが、この呼び出しが終わった後にその結果とこの環境でのnを乗算する必要がありますが、 その情報を呼び出しスタックに積んでおくことでそれを可能にしています。

fact呼び出しがあるため、スタックに新しい環境が積まれます。

+----------------+
| fact { n = 1 } |
+----------------+
| fact { n = 2 } |
+----------------+

またもやn * fact (n - 1)のブランチが実行されるので、呼び出しスタックに新しい環境が積まれます。

+----------------+
| fact { n = 0 } |
+----------------+
| fact { n = 1 } |
+----------------+
| fact { n = 2 } |
+----------------+

n0の場合、1のブランチが実行されます。 こちらのブランチでは再帰呼び出しはしていないので、新たな環境が呼び出しスタックに積まれることはありません。

逆に、関数呼び出しが完了するため呼び出しスタックが消費されます。

+----------------+
| fact { n = 1 } |
+----------------+
| fact { n = 2 } |
+----------------+

この状態でfact 0の呼び出し元だったn * (fact 0)が実行されます。 nは呼び出しスタックに積まれた先頭の環境を参照すると1と分かるので、fact 0の結果と乗算し、結果は1になります。 乗算後に必要な計算はないため、呼び出しスタックが消費されます。

+----------------+
| fact { n = 2 } |
+----------------+

同様に、2 * 1が実行され、結果は2になります。 最終的にfact 2の結果として2が得られました。

このように、再帰関数は呼び出しスタックを使って実現されています*2。 この呼び出しスタックにはサイズの上限があり、それを超えてしまった際に発生するのがスタックオーバーフローエラーです。

呼び出しスタックをプログラマが管理する

上で見た呼び出しスタックは、実行環境が用意してくれるスタックのため、ユーザからは扱えません。 これをプログラマが管理することで、再帰呼び出しと同じ動作をwhileとして再現できます。

let fact n =
  (* 自前で呼び出しスタック相当のものを用意 *)
  let stack = System.Collections.Generic.Stack<int>()
  let mutable n = n
  (* 処理すべきデータをすべてスタックに積む *)
  while n <> 0 do
    stack.Push(n)
    n <- n - 1
  let mutable res = 1 // 初期値
  (* スタックがなくなるまで処理する *)
  while stack.Count <> 0 do
    res <- res * stack.Pop() // 処理本体
  res

この書き換えの戦略では、処理すべきデータをスタックに積むフェーズと、 スタックからデータを取っていって実際に処理するフェーズに分けています。 この戦略は処理すべきデータの総量が簡単にわかる場合のみに使える方法です。

最初に処理すべきデータの総量は分からないことが多いので、 スタックからデータを取ってはスタックに積む必要があるかどうかを確認していく、 という戦略を取ることが多くなるでしょう。

let fact n =
  (* 自前で呼び出しスタック相当のものを用意 *)
  let stack = System.Collections.Generic.Stack<int>()
  stack.Push(n)
  let mutable res = 1 // 初期値
  (* スタックが空になるまでループする *)
  while stack.Count <> 0 do
    (* Popした結果によって処理を分岐 *)
    match stack.Pop() with
    | 0 -> () (* スタックに積まれた値が0ならこれ以上処理はしない *)
    | nonZero ->
        (* スタックに積まれた値が0以外なら、その値-1をスタックに積み、 結果を更新 *)
        stack.Push(nonZero - 1)
        res <- res * nonZero // 処理本体
  res

この戦略では、ループ中で分岐によって新しい値をスタックにpushするかしないかが分かれています。 このように、スタックに積まれている値によっては新しい別の値をスタックに積むという戦略をとると、 たいていの再帰whileに変換できます。

相互再帰をwhileで書き換える

式木の変換などは、相互再帰によって実現されている場合があります。 相互再帰を直接whileに変換するのは難しいので、まずは相互再帰を自己再帰に書き換えてやるのがいいでしょう。

let isEven n =
  let rec isEven' n =
    match n with
    | 0 -> true
    | nonZero -> isOdd (nonZero - 1)
  and isOdd n =
    match n with
    | 0 -> false
    | nonZero -> isEven' (nonZero - 1)

  isEven' n

相互再帰の自己再帰への書き換えには、関数を表す判別共用体を導入します。

type RecFunc =
  | CallIsEven of int
  | CallIsOdd of int

let isEven n =
  let rec loop = function
  | CallIsEven n ->
      match n with
      | 0 -> true  (* isEven'を0で呼び出した場合に相当 *)
      | nonZero -> loop (CallIsOdd (nonZero - 1))  (* isEven'を0以外で呼び出した場合に相当 *)
  | CallIsOdd n ->
      match n with
      | 0 -> false (* isOddを0で呼び出した場合に相当 *)
      | nonZero -> loop (CallIsEven (nonZero - 1)) (* isOddを0以外で呼び出した場合に相当 *)

  loop (CallIsEven n) (* 最初はisEven'を呼び出していたので、CallIsEvenを渡す *)

あとは、この関数をこれまでの知識を元にしてwhileに書き換えます。 今回は単純な例なので、スタックを自分で管理せずに書き換え可能です。

type RecFunc =
  | CallIsEven of int
  | CallIsOdd of int

let isEven n =
  let mutable data = CallIsEven n (* 最初はisEven'を呼び出していたので、CallIsEvenを渡す *)
  let mutable res = true
  let mutable isCont = true
  while isCont do
    match data with
      (* isEven'を0で呼び出した場合に相当 *)
      (* 0は偶数なので、resにtrueを入れ、isContをfalseにして次のループに入らないようにする *)
    | CallIsEven 0 ->
        res <- true
        isCont <- false
      (* isEven'を0以外で呼び出した場合に相当 *)
      (* 次のループで処理するdataを新たに作るだけ *)
    | CallIsEven n ->
        data <- CallIsOdd (n - 1)
      (* isOddを0で呼び出した場合に相当 *)
      (* 0は奇数ではないので、resにfalseを入れ、isContをfalseにして次のループに入らないようにする *)
    | CallIsOdd 0 ->
        res <- false
        isCont <- false
      (* isOddを0以外で呼び出した場合に相当 *)
      (* 次のループで処理するdataを新たに作るだけ *)
    | CallIsOdd n ->
        data <- CallIsEven (n - 1)
  res

相互再帰を自己再帰に書き換えてしまえば、今まで見た方法を使ってwhileに書き換え可能です。

まとめ

結局、F#でスタックオーバーフローを完全に解決するためには、

  • CPSではない形の末尾再帰に書き換える
  • それが難しい場合、whileで書き換える

という悲しい結果に終わりました。 さらに、継続モナドをコンピュテーション式で実装するとスタックオーバーフローしてしまう、という悲しい現実もわかりました。

このような悲しい現実と向き合って実装した(実装している)のがFSharp.Quotations.Compilerです。 stackwhileによって、F#の式木をILに変換しています。

この一連のシリーズは、このライブラリを作るにあたって得た知見(の大きく分けて片方の部分)を公開するために書きました。 もう片方の部分(IL生成周りの知見)についても、やる気が起きたらまとめようと思います。

とりあえず、疲れたのでこの辺で・・・

*1:もちろんこの例では簡単に末尾再帰関数に書き換え可能なので、末尾再帰関数にしてしまうのが一番手っ取り早いでしょう。しかし、簡単には末尾再帰に書き換えれないものも多いので、その場合にどうすればいいかを考えていきます。

*2:再帰関数は」と書きましたが、再帰ではない単なる関数呼び出しも同様です。

再帰関数のスタックオーバーフローを倒す話 その2.5

連載目次

はじめに

再帰関数のスタックオーバーフローを倒す話 その1ではCPS変換について、 再帰関数のスタックオーバーフローを倒す話 その1.5では末尾呼び出しについて、 再帰関数のスタックオーバーフローを倒す話 その2では2種類の末尾呼び出しの最適化について話しました。

今回は、継続渡しスタイルがつらい人*1モナドで救う話をします。 最初にネタバレすると、結局F#では救われないことになりますが。 まぁ、これはあくまでその1のおまけとして読んでください。

前提知識は、上記記事(特にその1)を理解していることです。

継続渡しスタイルつらい話

階乗を求める関数factを考えましょう。

let rec fact n =
  if n = 0I then 1I
  else
    n * (fact (n - 1I))

これを使って、nの階乗とmの階乗の和を求める関数は、このように書けます。

let f n m =
  let factN = fact n
  let factM = fact m
  factN + factM

このfactを継続渡しスタイルにしたfactCpsを考えてみます。

let rec factCps n cont =
  if n = 0I then 1I |> cont
  else
    factCps (n - 1I) (fun pre ->
    n * pre |> cont)

これを使って、同様にnの階乗とmの階乗の和を求める関数を書くと、こうなります。

let fCps n m cont =
  factCps n (fun factN ->
  factCps m (fun factM ->
  factN + factM |> cont))

元の普通のF#コードに比べると、このコードをすらっと読み下せる人は格段に減ります。 このコードをすらっと書ける人となるとさらに減ります。

このあたりが継続渡しスタイルのつらいところです。

コンピュテーション式が世界を救う

階乗を求める関数を使った2つのコードをちょっと並べてみましょう。

(* 普通のやつ *)
let f n m =
  let factN = fact n
  let factM = fact m
  factN + factM
(* CPS版 *)
let fCps n m cont =
  factCps n (fun factN ->
  factCps m (fun factM ->
  factN + factM |> cont))

その1でもみましたけど、letのネスト*2funのネストになっています。 コンピュテーション式の変換規則を知っている人であれば、これはそのままlet!の変換規則に見えるでしょう。

そうです、継続渡しスタイルはコンピュテーション式の後ろに隠すことができるのです!

継続もにゃど

type ContinuationBuilder() =
  member __.Return(x) = (fun cont -> x |> cont)
  member __.Bind(cpsFun, rest) = (fun cont -> cpsFun (fun x -> rest x cont))

let cont = ContinuationBuilder()

さぁ準備は整いました! contコンピュテーション式を使ってfCpsを書き直してみます。

(* contコンピュテーション式版 *)
let fCps n m = cont {
  let! factN = factCps n
  let! factM = factCps m
  return factN + factM
}

これなら、継続渡しスタイルの関数でも使える気がしませんか?

注目すべき点はいくつかあります。 まずは、fCpsから引数が一つ減ったように見えるようになりました。 実際は減っていないんですが、contコンピュテーション式を使う限り、隠された引数を意識する必要はありません。

次に、factCpsは最後の引数として継続を受け取るはずなのに、あたかもそんな引数ないかのように呼び出しているように見えます。 これがcontコンピュテーション式の力で、継続を引き回す処理はContinuationBuilderBindの中に隠蔽されています。

let! factN = factCps n
...

cont.Bind(factCps n, fun factN -> ...)

のように展開されます。

member __.Bind(cpsFun, rest) = (fun cont -> cpsFun (fun x -> rest x cont))

Bindの定義はこのようになっており、factCps nの部分はcpsFunが受け取ります。 このcpsFunの部分にfactCps nを埋め込んでみると・・・

factCps n (fun factN -> ...)

と、どこかで見たことのある形が現れますね。 このように、継続渡しスタイルの関数に継続を渡す部分は、Bindが裏でやってくれるのです。

これで継続渡しスタイルもこわくない!

factCpsをcontコンピュテーション式で書き直す

ここまで来たらfactCpsも書き直してしまいましょう。

let rec factCps n cont =
  if n = 0I then 1I |> cont
  else
    factCps (n - 1I) (fun pre ->
    n * pre |> cont)

これがこうです!

let rec factCps n = cont {
  if n = 0I then
    return 1I
  else
    let! pre = factCps (n - 1I)
    return n * pre
}

だいぶ普通のコードっぽく読めるようになったのではないでしょうか? しかし、これには罠があります。

contコンピュテーション式の罠

このfactCps50000Iid関数を渡して起動すると、スタックオーバーフローが起きます。 なぜこのようなことが起こるのでしょうか? factCpsのコンピュテーション式を展開してみましょう。

let rec factCps n =
  let b = cont
  if n = 0I then
    b.Return(1I)
  else
    b.Bind(factCps (n - 1I), (fun pre -> b.Return(n * pre)))

あれれ、factCps再帰呼び出し部分が末尾じゃなくなってます! そらスタックオーバーフロー起きるわー。 Bindinlineを付けてみましょう。

Bindのinline化

ContinuationBuilderを修正します。

type ContinuationBuilder() =
  member __.Return(x) = (fun cont -> x |> cont)
  member inline __.Bind(cpsFun, rest) = (fun cont -> cpsFun (fun x -> rest x cont))

let cont = ContinuationBuilder()

これで、factCpsは以下のように展開されるようになります。

let rec factCps n =
  let b = cont
  if n = 0I then
    b.Return(1I)
  else
    let f = factCps (n - 1I)
    (fun cont -> f (fun x -> b.Return(n * x) cont))

factCpsが!ラムダ式の!外にいる!!! これはもうどうしようもありませんね。

まとめ

ということで、継続渡しスタイルのつらみをコンピュテーション式で軽減する話でした。 そして、継続渡しスタイルの末尾再帰関数をコンピュテーション式を使って書き直すと、末尾再帰にならずに死ぬ、という話もしました。 みなさん、注意しましょう。

*1:読めない、書けない

*2:letがネストしているように見えないかもしれませんが、let式のネストになっています

ProjectScaffoldを使ってみた

最近公開したF#の式木の実行器であるFSharp.Quotations.Compilerですが、 これを作るためにProjectScaffoldを使ってみたのでその知見の共有です。

ProjectScaffoldとは

ProjectScaffoldは、F#のプロジェクトを作る際の「足場」を用意してくれるツールです。 このツールを使ってプロジェクトを作ると、

  • Paketを使った外部ライブラリの管理
  • FAKEを使ったビルドやデプロイ
  • FSharp.Formattingを使ったドキュメントの作成

と言ったことが簡単に行えるようになります。 また、F#でデファクトスタンダードなディレクトリ構成や設定になるので色々と考えなくていい*1ので楽ができます。

ProjectScaffoldについては、yukitosさんがF# Project Scaffoldを使ってプロジェクトを作成するという素晴らしい記事を書いてくれているので、 まずはそれを参考にするのがいいでしょう。

ProjectScaffoldで気を付けなければいけないこと

で、ここからが本題で、実際に使ってみて分かったことなどです。

READMEとリリースノートが固定化されている

プロジェクトが作られた直後のREADMEとリリースノートは、ProjectScaffoldのものそのままになっています。 プロジェクトを作る際に起動するコマンドの中で、少なくともREADMEのひな形を作るのに十分な情報を渡しているにもかかわらず、 作ってくれません。

そのまま公開すると残念なことになるので注意しましょう。

ライセンスが固定化されている

これは結構な罠で、選択肢もなしにUnlicenseというライセンスファイルが付いてきます。 注意しましょう。

ちなみに、FQCではCC0を選んだため、別にUnlicenseのままでもそんなに変わらない気もしますが、 それでもライセンスはある程度選択式にしてほしいところです。

.NET Frameworkのバージョンが固定化されている

これも選択肢はなく、.NET Framework 4.0、Target FSharp Core Version 4.3というちょっと古いバージョンで固定されています。

場合によっては上げたり下げたりを手動でやる必要があり、ちょっと面倒です。

Paketの扱い

ProjectScaffoldを使うと、Paketというパッケージ管理ツールを使うことになります。 これはNuGetのラッパー+αなツールなんですが、 (Paketを使わずに)NuGetを使うとビルドが壊れます。 しかも、壊れたのが分かるのはFAKE側でビルドしたときで、 Visual Studio上でビルドしている限り分かりません(し、git cleanなどをしないとFAKE側で成功するのでタチが悪いです)。

ProjectScaffoldを使う場合、NuGetを直接使うのはやめましょう。 VS上から行える「NuGet参照の追加」も、便利ですがやめましょう。 外部のライブラリを使う際は、面倒でもコマンドプロンプトを立ち上げ、 paket.exeコマンドをたたいて追加するようにします。

ちなみにこのpaket.exeですが、どうやらpaket.bootstrapper.exeが最新版を拾ってくるようになっているようです。 なので、もし.paketフォルダ内になければ、build.cmdを叩きましょう。 そうすれば落ちてきます。 ネットワークにつながっていない場合は・・・つながるところでやりましょう。

FsUnitとの相性が悪い

ProjectScaffoldはデフォルトでNUnit2.6.4を使うのですが、 これが何やらFsUnit1.3.0.1と相性が悪いようです。 FsUnitを使いたい場合は一旦NUnitNUnit.Runnersを削除し、 バージョンを指定したうえでもう一度導入してからFsUnitを導入しましょう。

.paket\paket.exe remove nuget NUnit
.paket\paket.exe remove nuget NUnit.Runners
.paket\paket.exe add nuget NUnit version 2.6.3 -i
.paket\paket.exe add nuget NUnit.Runners version 2.6.3 -i
.paket\paket.exe add nuget FsUnit -i

ここで、-iオプションを使っているので、プロジェクト毎にインストールするかどうか聞かれます。 Enterキーを押さなくてもnかyを押すだけで進むので注意してください*2

FAKEの扱い

ProjectScaffoldを使うと、FAKEというビルドツールを使うことになります。 デフォルトで用意されているターゲットに不満を感じたのですが、 詳細は忘れました。 たしか、ターゲット間の依存の設定が不十分で、あるターゲットを単独で実行したら失敗した、 とかそんな感じだったと思います。

また、Paketと同じくVisual Studioとの連携は全くありませんので、 こちら側で色々なことをやり過ぎるのはお勧めしません。 MSBuildでできることはMSBuildでやった方がいいと思います。

ドキュメントのリリース

デフォルトで用意されているReleaseDocsターゲットを使えば、ドキュメントをGitHub Pagesとして公開してくれます。 この時に、tempディレクトリにgh-pagesというディレクトリを作り、 そこにgh-pagesブランチをチェックアウトする、という方法なので、 プロジェクトのルートディレクトリを汚さないという利点があります。 しかし、これを知らないと「あれ?公開処理っぽいの走ったのにリポジトリに変更がない?」と疑問に思うかもしれないので、 別ディレクトリで処理が行われる、というのは知っておくといいでしょう。 ルートディレクトリでも、git remote updateするなりすればちゃんと落ちてきます。

追記: 別ディレクトリにcloneしてくるので、globalのGitの設定が取られてきます。 ので、リポジトリ別の設定が完全に無視されてしまいます。 これによって、会社のアカウントでドキュメントがコミットされてしまうなどの事故が起こり得ます。

まとめ?

色々言いましたが、便利は便利なので、 GitHubでF#の何かを作って公開したい、と考えている人は積極的に使っていくといいでしょう。 GitHub以外のサポートは弱いので、GitHubは嫌だ、という人は改造するなりPR投げるなりするといいでしょう。 Git以外のバージョン管理のサポートはないので、Gitは嫌だ、という人は以下略。

*1:例えば、上述のツールを使った際の.gitignoreを用意してくれたりします

*2:projectオプションを使うこともできます

再帰関数のスタックオーバーフローを倒す話 その2

連載目次

はじめに

再帰関数のスタックオーバーフローを倒す話 その1の続きです。 前回はCPS変換することでスタックオーバーフローが回避できるよやったー!という話でした。 今回は、CPS変換じゃスタックオーバーフロー回避できない場合もあるよ、という話をします*1。 前提知識は、その1の記事を理解していることと、ILがなんとなくわかることです。 その1.5に対する深い理解は不要ですが、 読んでいるに越したことはありません。

CPS変換のおさらい

非末尾再帰の関数を末尾再帰化できる、というのがCPS変換でした。 そして、末尾呼び出しの最適化によってスタックが食いつぶされなくなるので、 スタックオーバーフローが起きなくなるようにできる、というものでした。

2種類の末尾呼び出しの最適化

さて、実はF#では末尾呼び出しの最適化は2つのパターンがあります。 一つ目はジャンプ命令への書き換えで、もう一つはtail.プレフィックスの付与です。

ジャンプ命令への書き換え

ジャンプ命令への書き換えは、呼び出しをbr系のIL命令に書き換えてしまうものです。 例えば、

let rec fact acc n =
  if n = 0 then acc
  else fact (acc * n) (n - 1)

このようなアキュムレータ変数を使った末尾再帰関数をコンパイルすると、以下のようなILが吐かれます。

IL_0000: nop
IL_0001: ldarg.1          // 1番目の引数(n)のload
IL_0002: brtrue.s IL_0006 // loadした値が0以外(0: false, 0以外: true)ならIL_0006にジャンプ

IL_0004: ldarg.0          // 0番目の引数(acc)のload
IL_0005: ret              // loadした値を返して関数終了

IL_0006: ldarg.0          // 0番目の引数(acc)のload
IL_0007: ldarg.1          // 1番目の引数(n)のload
IL_0008: mul              // loadした2つの値を乗算(acc * n)・・・(1)
IL_0009: ldarg.1          // 1番目の引数(n)のload
IL_000a: ldc.i4.1         // 定数1をload
IL_000b: sub              // loadした2つの値を減算(n - 1)・・・(2)
IL_000c: starg.s n        // (2)の結果を引数nにstore
IL_000e: starg.s acc      // (1)の結果を引数accにstore
IL_0010: br.s IL_0000     // 無条件でIL_0000にジャンプ

このコードには、call系の命令がないことが分かります。 その代わりに、最後に無条件で先頭にジャンプしており(br.s IL_0000)、これが元のコードだと再帰呼び出し部分に相当します。

ILでは分かりにくい、という人向けに、上記ILをF#風言語で表現してみました。

let fact acc n =
  while n <> 0 do
    let tmp = acc * n
    n <- n - 1
    acc <- tmp
  acc

このように、末尾再帰呼び出しをジャンプ命令に置き換えることで、ループと等価になりました*2

自分自身を末尾で呼び出す再帰関数*3の場合、関数から戻ってきた後にすることがないということは、(引数の状態を更新してから)関数の先頭にジャンプしてもいいと言うことです。

tail.プレフィックスの付与

tail.プレフィックスの付与は、末尾呼び出しされているcall系の呼び出し命令にtail.というプレフィックスを付けることで、 JITコンパイラの最適化によってスタックフレームを消費しないようにしてもらうものです。 例えば、

let rec fact n cont =
  if n = 0 then 1 |> cont
  else fact (n - 1) (fun pre -> pre * n |> cont)

このような継続渡しスタイルの関数を「末尾呼び出しの生成」オプションをオンにしてコンパイルすると、以下のようなILが吐かれます。

IL_0000: nop
IL_0001: ldarg.0          // 0番目の引数(n)をload
IL_0002: brtrue.s IL_000e // loadした値が0以外(0: false, 0以外: true)ならIL_000eにジャンプ

IL_0004: ldarg.1          // 1番目の引数(cont)をload・・・(1)
IL_0005: ldc.i4.1         // 定数1をload・・・(2)
IL_0006: tail.            
// (1)でloadした関数値に(2)でloadした値を渡して実行
IL_0008: callvirt instance !1 class [FSharp.Core]Microsoft.FSharp.Core.FSharpFunc`2<int32, !!a>::Invoke(!0)
IL_000d: ret              // 実行した結果を返して関数終了

IL_000e: ldarg.0          // 0番目の引数(n)をload
IL_000f: ldc.i4.1         // 定数1をload
IL_0010: sub              // loadした2つの値を減算(n - 1)・・・(3)
IL_0011: ldarg.0          // 0番目の引数(n)をload・・・(4)
IL_0012: ldarg.1          // 1番目の引数(cont)をload・・・(5)
// (4)でloadした値と(5)でloadした値を渡してfact@22オブジェクトを生成
IL_0013: newobj instance void class Sample/fact@22<!!a>::.ctor(int32, class [FSharp.Core]Microsoft.FSharp.Core.FSharpFunc`2<int32, !0>)
IL_0018: starg.s cont     // 生成したオブジェクトを引数contにstore
IL_001a: starg.s n        // (3)の結果を引数nにstore
IL_001c: br.s IL_0000     // 無条件でIL_0000にジャンプ

基本的な構造は同じですが、少し複雑になっています。 アキュムレータ変数による末尾再帰関数の例と同様にF#風の言語で表現してみるとこうなります。

let fact n cont =
  while <> 0 do
    let tmp = n - 1
    cont <- fact@22(n, cont)
    n <- tmp
  cont 1

ループの中でcontをネストさせていき、関数の最後でcont1を渡していることが分かります。 再帰部分の処理は、fact@22というクラス*4に行ってしまい、 このコードだけでは読み取れなくなりました。 fact@22というクラスをまずはF#風の言語で表現してみます。

type fact@22<'a> (n: int, cont: int -> 'a) =
  inherit FSharpFunc<int, 'a>()

  override __.Invoke(pre) = cont (pre * n)

このように、本体の処理はInvokeメソッド内に移動しています。 InvokeメソッドのILはこのようになっています。

IL_0000: nop
IL_0001: ldarg.0 // 0番目の引数(this)をload
// loadしたオブジェクト(this)のフィールドcontをload・・・(1)
IL_0002: ldfld class [FSharp.Core]Microsoft.FSharp.Core.FSharpFunc`2<int32, !0> class Sample/fact@22<!a>::cont
IL_0007: ldarg.1 // 1番目の引数(pre)をload
IL_0008: ldarg.0 // 0番目の引数(this)をload
// loadしたオブジェクト(this)のフィールドnをload
IL_0009: ldfld int32 class Sample/fact@22<!a>::n
IL_000e: mul     // loadした2つの値を乗算(pre * this.n)
IL_000f: tail.
// (1)でloadした関数値(this.cont)に乗算結果を渡して実行
IL_0011: callvirt instance !1 class [FSharp.Core]Microsoft.FSharp.Core.FSharpFunc`2<int32, !a>::Invoke(!0)
IL_0016: ret     // 実行した結果を返して関数終了

さて、ここでfact本体のIL_0006InvokeIL_000fを見てみましょう。 tail.というILが発行されていることが分かります。

このILが発行された後に続くcall系の呼び出しは、 JITコンパイラによって現在のスタックフレームを再利用*5するようにして実行されるようになります。

2つの最適化の違い

なぜ末尾呼び出しの最適化に2種類の方法があるのでしょうか? それは、両者の性質が大きく異なるためです。

まず、前者のジャンプ命令に変換する方法ですが、 br系の命令はメソッド内の移動にしか使えません。 そのため、メソッドをまたぐようなジャンプはできず、CPSで現れるようなラムダ式を表すクラスのメソッドへのジャンプはできません。

それに対して、tail.プレフィックスを付与する方法は、 call系のメソッドが末尾で呼び出されていれば別のクラスのメソッド呼び出しであろうが有効です。 しかし、tail.プレフィックスJITコンパイラ任せなため、 本当に呼び出しが最適化されるかどうかの保証をF#の処理系レベルで担保することができません*6

また、その1.5でみましたが、コンストラクタ呼び出し(newobj)は末尾呼び出しの最適化対象ではありません*7。 そのため、ループごとにコンストラクタ呼び出しが走ることになります。 これは、F#ではtail.プレフィックスを用いた最適化よりもジャンプ命令に変換する最適化の方が効率が良いことを意味します。

まとめると、

最適化方法 適用可能場所 処理系での保証
ジャンプ命令での置き換え 自己末尾再帰 できる
tail.プレフィックスの付与 末尾再帰一般 できない

となります。

tail.プレフィックスでスタックオーバーフローになる場合

tail.プレフィックスが付いているコードであっても、スタックオーバーフローを起こす場合があります。 まだ原因はわかっていないのですが、

  • (式木の変換のような)それなりに大きい再帰関数をCPS変換
  • 64bitのIIS上で実行

というような状況で、リビルド後の初回のアタッチでスタックオーバーフローが起きました。 2回目以降のアタッチではスタックオーバーフローが起きませんし、 小さくて単純な再帰関数をCPS変換してもオーバーフローは起きませんでした。

また、32bitのIISでは試していませんが、 一般的に32bit環境ではスタックフレームのサイズが64bit環境よりも小さくなるため、 スタックオーバーフローを起こしにくくなる可能性はあります。

ということで、特定の条件下ではCPS変換によってスタックオーバーフローを防ぐことができない場合もあるため、 F#においてはCPS変換したからと言って完全に安全とは言い切れない、という話でした。 「特定の条件」がまだ定かではないので、調査は継続しますが、今のところIISでホストしない場合には再現しませんので、非Webアプリであれば問題ないかもしれません。 次回の「その3」がおそらく最後で、ではどうやってスタックオーバーフローを倒せばいいか、の予定です。

*1:その1で「その2はコンピュテーション式の話になる予定です」と書きましたが、その話は2.5で使用と思います

*2:ちなみに、コンパイラの最適化オプションがオンでもオフでも、ジャンプ命令への書き換えは行われるようです

*3:以降、自己末尾再帰と呼ぶことにします

*4:F#のラムダ式はクラスとして実現されています

*5:現在のスタックフレームを破棄して新しいスタックフレームをそこに作る

*6:ジャンプ命令への書き換えはコンパイル時の最適化であり、tail.プレフィックスの付与はランタイム時の最適化と言えるでしょう

*7:実際に、IL_0013の直前にはtail.プレフィックスが付いていません